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JREBANK優待割引券利用 特急あずさで秋の松本・上高地旅行

こんにちはakihiroです。

JREBANK優待割引券を使い、特急あずさで松本や上高地に旅行してきました。JREBANK優待割引券は、JR東日本が行う金融サービスの特典プログラムで、年間に2回、最大で10枚もらえる。筆者は年間に10枚もらえる権利があり、夏と秋か冬に鉄道旅に使わせてもらっています。昨年は12月に仙台や山形旅行に行きましたが、今年は特急あずさに乗って、秋の信州に自然散策や松本市内散策をすることにしました。上高地と松本城など、画像と合わせて旅行記を紹介します。

 

 

 

上高地の観光情報はこちらの公式ウェブサイト。

 

JREBANK優待割引券の4割引になった、あずさ特急券。乗車券とセットで片道3,380円で松本まで行ける。

 

 

今回の旅行は1泊2日の信州旅行。特急あずさで松本に行き、1日目は上高地に行き、紅葉や壮大な高山、美しい景観を鑑賞しながら散策する。松本市内のホテルに宿泊し、2日目は松本市内散策。国宝松本城や蔵造りの街並みを歩く。訪れた主な名所などを先に紹介します。

 

 

▼上高地。穂高連峰・焼岳・六百山・長塀山などの、高山に囲まれた梓川上流にある景勝地。中部山岳国立公園で国の文化財に指定されている。

 

大正池。大正4年の焼岳の大噴火の際に生じた梓川がせき止められてつくられた池。

 

河童橋。上高地のシンボル。明治43年にはね橋からつり橋に架け替えられ、現在の橋は、平成9年に架け替えられた5代目の橋。

 

国宝松本城。戦国時代には深志城と呼ばれ、中世には小笠原氏の支城であったが、武田信玄に追放され、信濃支配の拠点としていた。

 

中町通り。城下町の風景の街並み。伝統工芸品や飲食店など、蔵造りの建物が並ぶ観光商店街。

 

縄手通り。長屋風の個性的な建物が軒を連ねる商店街。



特急あずさを乗車する駅は立川駅。乗車券と特急券の出発駅と到着駅が同じであれば、セットとして優待券を1枚として使える。乗車券を最寄り駅からにすると特急券で1枚、乗車券で1枚で優待券が2枚必要となり、無駄に消費してしまうため乗車券・特急券は立川駅➡松本駅と購入した。新宿駅から乗るよりも、立川駅まで行って乗る方が早いため立川駅発にした。

 

特急あずさ1号。立川駅7時21分発松本行き。

 

車内はほぼ満席。車内放送によると、今空いてる席も予約で埋まり満席のようだ。かつては自由席もあり、ガラガラだった印象だが、いつの間にか人気の特急列車になった。

 

松本駅には10時20分に到着。登山ブームと紅葉シーズンのためか松本で多くの客が降りていく。

 

松本駅は特急列車の発着や大糸線・篠ノ井線、松本電鉄上高地線乗換え駅になっており、出発待ちの電車が待機している。

上高地線は7番線。10時10分発。

6番線は信濃大町行きの大糸線が停車している。

上高地行き電車が入線。鉄道娘のラッピング電車。動画を撮ったのでご覧ください。

 

新島々駅。松本駅から30分で到着。上高地観光する大勢の乗客が下車した。

折返し松本行き電車に乗る人で改札も大行列。

 

上高地行きのバスは10時40分発で全席予約制。バスの台数があまりないため早めの予約をした方がいいようだ。バスは行きも帰りも満席で当日券は完売していた。新島々駅から上高地までの所要時間は約1時間。

 

バスは上高地行きであるが、大正池で下車して河童橋まで歩いて散策するのがおすすめ。絶景を楽しみながら約1時間の散策コース。

休日ということもあって、多くの観光客で賑わっている。

 

大正池は大正15年の焼岳の大噴火で流出した、火山泥流が梓川をせき止めてつくられた。水面に映る山々と、池の中に林立する枯れ木は、上高地を代表する景勝地。

 

大正池。発電用の貯水池として利用されているが、焼岳の斜面や梓川の上流から流れ込む土砂により池は小さくなっている。

大正池から河童橋まで3.5km。明神池までは7kmで2時間の散策コース。

大正池から河童橋までの散策コースは、上高地らしさを堪能できる絶好のコース。

散策コースは多くの観光客が列をなして歩いている。

 

上高地はケショウヤナギ・エゾヤナギ・オノエヤナギ他、10種類以上のヤナギが見られる。梓川両岸に広がるヤナギの林は、上高地の特色づけるものの一つとなっているが、土砂が安定してくると、ハルニレやカラマツの林に移り変わっていく。

 

 

標高2,455mの焼岳は、今も火口からガスや水蒸気が放出される、火山活動を続ける活火山で、2,300年前のマグマ噴火により現在の形となった。1962年6月に水蒸気爆発があり泥流が大正池まで流出した。

 

焼岳。ドーム型の火山を鐘状火山(トロイデ)と言われている。

 

池の中に林立する枯れ木はかつては多く見られたが、上流や支流から土石が流入したことにより、倒れて残りわずかになっている。

 

中千丈沢の扇状地帯は、霞沢岳から押し出された砂礫が積もってできた地形。上高地には中千丈沢のような場所がいくのもあり、焼岳の中腹から上高地を見下ろすと、大量の砂礫が供給されてるのがよく分かる。

 

上高地は標高1,500m高さにあり山地帯と、高山帯との間の帯状の部分である、亜高山帯との境界線付近にあたる。山の斜面に見える色の濃い林は亜高山帯の針葉樹林で、標高2,500mくらいまで続いている。高山帯にはハイマツやイワツメクサ、コマクサなどの高山植物のお花畑がある。

 

上高地では小梨平や駐車場周辺に、一部植林されたものがあるが、広い範囲にわたって天然のカラマツが見られる。カラマツは乾燥したやせ地や、多湿な湿原周辺にも生育し、河川の氾濫など環境の変化にも耐えるが、極端に湿ってくると枯れてしまう。

 

正面の谷が岳沢で、その奥の平らな頂点が標高日本第3位の奥穂高岳である。左側に西穂高岳、右側に前穂高岳、明神岳が連なっている。これらの稜線は堅く節理の発達した火山岩からなり、激しい侵食作用の耐えて、尖った峰や断崖絶壁を作っている。

 

穂高連峰。北アルプスの最高峰で日本で第3位の高さを誇る。

散策コース沿いを流れる川は透きとおって美しい。

 

田代橋。大正池と河童橋の中間地点あたりにある梓川にかかる橋。

田代橋から見た梓川。

野生動物も多く生息していて、特に野鳥は100種を超す鳥類が確認されている。耳を澄ますと鳥の鳴き声が聞こえる。

 

北アルプス、上高地はツキノワグマの生息地。クマベルが設置されており、ベルを鳴らして人がいることを知らせる。

 

穂高連峰などの北アルプスが高い山になったのは、約260万年〜80万年前の隆起運動のためである。この急激な隆起とともに、梓川は岐阜県側に流れる深い谷を刻んだ。上高地の細長い平地は、約12000年前焼岳のとなりの、白谷火山の噴出物が谷をせきとめてつくられた、巨大な湖を周囲の山からの土砂が埋めた結果できたもの。その土砂の厚さは、大正池付近で300mに達していると言われている。

遠くに河童橋が見えてきた。

 

上高地のシンボル河童橋。明治43年にはね橋からつり橋に架け替えられ現在の橋は1997年に架け替えられた。日本を代表する作家芥川龍之介は、1927年に上高地と河童橋を舞台にした小説河童を出版し、河童橋が広く知られたと言われている。

 

河童橋。1891年に丸太のはね橋が設置。以降5回にわたり架け替えられ現在の吊り橋になった。

河童橋から見た梓川の上流と下流。

正面に見えるのは穂高連峰。

北アルプスの山々の案内板が設置。上の画像の山はこのような背景だ。

 

河童橋周辺にはホテルや観光案内所・お土産店・飲食店があり多くの観光客で店内はいっぱい。

店内は上高地の特産品や名産品がずらりと並ぶ。

地酒もたくさん販売されている。

 

吟醸酒を買ってもらった。     (* - "-)  飲みすぎるなよ!

帰りは河童橋近くにあるバスターミナルで、14時5分発の松本行きのバスに乗る。

 

路線バスやハイウェイバス、観光バスが駐車しており、駐車場に入れないバスが道路で渋滞していた。

新島々駅から15時10分発の上高地線松本行きに乗車。

松本駅に15時55分着。ここに今日宿泊するホテルの車が迎えに来てくれる。

 

今日泊まる宿は、市街地から近い場所にある、松本の奥座敷と呼ばれる浅間温泉。文人墨客に愛された、古き良き趣きと、近代施設の新たな魅力が調和している温泉街。

 

今日泊まるホテルは、アッキー家お馴染みの伊東園グループのホテル。1泊1人7,300円で、ポイントを使って4,800円で予約した超割安な宿。

 

伊東園ホテル浅間の湯。北アルプスの尾根を眺めながら寛げる展望大浴場が自慢。

 

和室に外の風景が望める広縁があるシンプルな部屋。一応トイレ付きだし安いなりにいい部屋だ。食事は2部制で先着順。チェックインが17時になってしまったため、第2部の19時30分からなので温泉に入りに行く。温泉は露天風呂がなく内風呂のみであったが源泉100%の湯だった。

 

夕食は飲み放題付きバイキング。料理はそこそこ。筆者の家族はどちらかというと、アルコールの方が目当てだからしこたま飲めれば良い。

 

2日目は松本市内を観光。松本城の見学と、蔵造りの街並み散策を計画した。先に松本城を見学するため、ホテル近くのバス停に行き松本城までバスで移動する。


松本城のバス停は、太鼓門という城の入り口で、登城や火急の合図などの発信源として、重要な役割を果たしていた枡形の門だ。この門をくぐると本丸に入る正門がある。

 

城の入り口を固く守るために様々な工夫がなされた。その典型的なものが枡形門で、石垣・土塀を四角に囲って、内と外に門を二重に構えたものである。松本城には、大手門・太鼓門・黒門の三つの枡形門があった。

 

▼黒門。本丸に入る正門で櫓門と枡形からなり、本丸防衛の要であった。

 

松本城は北東から南西に緩やかに傾斜した扇状地上にある平城。戦国時代の初めに守護大名小笠原氏の支城として、この地に深志城築かれ、1550年に甲斐の武田氏が小笠原氏を追放し、深志城を信濃支配拠点とした。武田氏滅亡後、小笠原氏が深志城を取り戻し名を松本城と改め、城郭と城下町の整備を進めた小笠原氏が、関東へ移ったあとの城主石川数正・康長父子により、天守の建築などの整備が行われ、近世城郭としての松本城の姿が整えられた。

 

国宝松本城。国宝五城のひとつで1593年頃に築城された五重六階の木造天守としては最古の城。

 

今回は人力車でお城の周りを巡るコースを予約した。30分のコースだが二人で3,000円と格安で体験できる。

人力車の俥夫のおじさんが松本城のガイドをしてくれる。

 

二の丸御殿は初め藩の福政庁として造営されたが、1727年本丸御殿焼失後藩の政庁が二の丸御殿に移され、幕末まで中枢機関とされた。廃藩後一時筑摩県庁舎と用いられたが1876年に焼失した。

 

二の丸御殿跡。昭和54年から6年間かけて発掘され、史跡公園として整備され、平面復元された。

 

連結複合式呼ばれる天守は400年の風雪に耐え、当時の優れた築城技術現在に伝えている。威風堂々とした姿は、アルプスの山々を背景に絶妙な調和を生み出している。

 

正面から見た松本城。背景に北アルプスの山々を望む。

 

松本城周辺は、近くの山々から集まってきた地下水が豊富で、松本城のお堀は井戸水や湧水なので透明度が高い。天気が良ければ逆さ天守が綺麗に映る。

 

天守閣では戦国時代の主力武器であった、鉄砲戦への様々な備えを見ることができる。厚い壁には矢狭間・鉄砲狭間が合わせて25カ所あり、天守・乾小天守・渡櫓の1階には、石落としが設けられている。石落としは石垣を登ってくる敵を防ぐ工夫で、狭間と同じように、鉄砲を使っての攻撃も可能な武備であった。

 

鉄砲狭間。鉄砲で敵を攻撃するための正方形の穴。

 

矢狭間。矢で敵を攻撃するための長方形の穴。

 

天守の中には松本城主の戸田家伝来の武具や諸資料が収蔵されている。大天守2階では火縄銃や兵装品が常設展示されている。



地上22mの天守6階からの眺め。下に見えるのは本丸御殿跡。庭園の中に瓦を使って仕切りをしている部分が本丸御殿。主要建物は5棟、部屋数は60余り建坪は830坪。御殿の周囲をめぐる塀は長く続いて、西では天守側と北では内馬場側を区切っていた。天守築城と合わせ建設されたと推定されている。1727年に焼失し、以降再建されなかった。

 

本丸御殿跡。御殿は天守の完成後の建造で、城主の居場所と政庁を兼ねていた、政治の中枢部であった。

 

 

松本城の内堀に架かる橋は埋橋といい、黒い城と赤い色とのコントラストが城の美しさが引き立つ。元々埋橋があった場所は、敵の移動を妨げる足駄塀があった場所で、昭和30年の大修理時に架けられた。現在安全性の問題で通行止めになっている。

 

松本城や周辺の観光情報はこちらをご覧ください。

 

 

松本城見学の後は松本市内散策。松本城から松本駅方面に歩いて行くと、城の南総堀と女鳥羽川挟まれた、長屋づくりの懐かしい建物が並ぶ通りがある。縄のように細長い土手というところから縄手通りと呼ばれている。

 

縄手通り。市内女鳥羽川沿いにある、昔懐かしい街並みの下町情緒あふれる露店街。

 

城下の風景を再現したような店舗は、玩具・骨董・駄菓子など見て楽しめる歩行者天国の商店街。

 

縄手通りに沿って流れる女鳥羽川には、河鹿蛙が独特で美しい鳴き声を響かせていた。しかしいつからか川は汚れ蛙たちは姿を消してしまった。そこでカエル大明神を祀り、町がよみがえるよう様々な取り組みを行なった。

 

カエル大明神。昭和46年縄手通り商店街組合が結束の象徴として建立した。今では無事にかえると願いを込めて参拝されている。

雑貨店や骨董品店ではカエルグッズを販売している店が多い。

 

縄手通りと並行する通りの蔵造りの店が並ぶ中町通りを歩く。中町通りは、白壁となまこ壁の土蔵が立ち並ぶ、時代を遡ったような風景が広がる通り。江戸時代や明治時代、この一帯が大火に見舞われ、主要な施設や町屋が多数失われた。火災から建物を守るため商人たちの知恵で、なまこ壁の土蔵が造られ、現在の街並みが引き継がれている。

 

民芸・工芸好きやノスタルジックな建物好きにはたまらない通り。蔵シックな通りは個性的な店がいっぱいで、城下町の歴史と文化を堪能できる。

 

中町通り。白と黒のなまこ壁が並び、しっとりとした風情が味わえる蔵造りの個性的な店が軒を連ねる。

大火で焼けなかった建物もあり、江戸時代のままの建物として使っている衣料品店。

 

松本市には地下水が豊富にあり、古くから生活用水をはじめとし、農業用水や工業用水など幅広く利用されている。

 

中町・蔵シック館の前にある青い手押しポンプの井戸。

 

この建物は、中町に隣接する町にあった造り酒屋の、母屋・土蔵・離れの3棟を移築し、平成8年に開館した。母屋・土蔵は明治時代に建てられたと言われ、離れは大正時代に増築された。その当時松本は、豊富な湧き水を生かした酒産業が盛んであった。

 

松本市中町通蔵の会館「中町・蔵シック館」。

 

母屋の間取りは土間・板の間・座敷の三つに分けられている。移築にあたり一部の間取りや材料を変えて貸し館として文化と憩いの場となり現代に蘇った。

吹き抜けの豪快な築組や座敷などは昔のままに復元されている。



ドライフルーツ・乾燥野菜・甘納豆・チョコレートなど80種類以上の商品が販売されている。この黒い蔵の建物は、松本市歴史的建造物に指定されている。

 

壱の蔵。乾燥野菜・ドライフルーツの専門店。1907年に建築された木造2階の寄棟造りで歴史ある建物。

店内にはどれもこれも、食べてみたい美味しそうなものがところ狭しと並んでいる。

 

試食もできるので、気に入ったお菓子を食べられる。筆者は辛いのが好きなのでラー油せんべいを食べてみた。

 

ラー油せんべいは酒のツマミに最高。他にゴーヤスナック、さつまいもチップスなどを買った。

 

信州と言えばお蕎麦。人力車の俥夫さんから教えてもらった名店は、どこも行列していたので、こちらのお店に入った。13時過ぎていたが店内はそこそこの客が入っていた。観光客というより地元民ていう印象。

 

天ざる蕎麦を注文した。風味があってコシがあり食感が良い。



散々遊んでもう帰る時間だね。その前に、松本駅に発着する電車の動画撮影会をする。

特急しなの長野行きが来たので動画を撮影しました。

帰りの特急あずさは15時50分発の新宿行き。立川まで2時間30分の乗車時間。

駅弁は釜めしを買ってビールなど酒類も万全だ。

 

車窓から風景を見ながら酒を飲んでたらあっという間に到着してしまいました。松本は過去に仕事で何度も来た場所ですが、上高地や松本城を訪れるのは初めて。上高地の透きとおる川や、壮大な山々の大自然には感銘を受けました。松本城も今まで見たお城の中ではピカイチで、その姿は美しく荘厳でした。

 

記事を書きながら、松本城の施してある建築について調べると、様々な工夫がされているのが分かり、改めてすごいなと思いました。名所巡りをする場合は、先に調べて行けば、もっと楽しめるかもしれないので、次の旅行の時は事前に情報を得てでかけるようにします。

 

 

松本やその周辺関連の観光の過去記事です。

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                                 上高地って山も川もキレイだね('ᴗ ' *) 

五色沼は穏やかだったけど大正池は流れが豊かね (−−*) 

     

       

(。 ̄ ∀ ̄)/     見ろ!水面に鏡みたいに穂高連峰が映ってる

エメラルドグリーンの透きとおる水が幻想的だぞ

     

 

                          ねえお父さん池と沼の違いって ('' *)          

                     池には鯉が、沼には河童がいるかだったよね

 

 

(。 ̄∀ ̄)b       そう平たく言えば

沼か池はカッパがいるかいないかの違いだな

 

                                             

                                                                 ('、 ' *) 

                  だけど大正池には河童橋っていう橋があるよ

 

 

 

<(;  - ∇-)>   それはアレだ昔は大正沼だったが

鯉の化け物に襲われて、橋を渡って河童が逃げたんだ  

                    

       

                                                 

                                                                   ふ〜ん('-  ' *)

                         それで河童橋っていう名がついたんだね

 

 

 

(#´- ∀-)ノ     その後河童がいなくなって

大正沼から大正池に変わったんだな

 

 

追い出された河童は五色沼にでも行ったのかしら  ('~ ' *) 

 

 (* - "-)    まーた嘘教えて 信じるからやめなさいって!   

       

 

不思議な名前「河童橋」

 

河童橋という名前の由来には「その昔、ここに河童が住んでいそうな深い淵があった」とか、「橋のなかった時代、衣類を頭にのせて川を渡った人々の姿が、河童に似ていた」など諸説あります。

 

ー上高地公式ウェブサイトよりー

                                                        

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